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テレビ標準方式変換装置の実用化

遅延線切替による方式変換系統図

図1 遅延線切替による方式変換系統図

走査線長差の補正

図2 走査線長差の補正

映像信号のFM内挿

図3 映像信号のFM内挿

ライン変換出力画面。(a)ライン内挿なし、(b)ライン内挿あり

図4 ライン変換出力画面。(a)ライン内挿なし、(b)ライン内挿あり

 現在のテレビジョン放送では国によって異なる数種類の標準方式が存在しており、わが国は米国とともに走査線525本、毎秒フィールド数60であるのに対し、欧州を中心とする諸国では走査線625本、毎秒フィールド数50である。カラー方式もわが国がNTSC方式であるのに対し、欧州ではPALおよびSECAM方式になっている。テレビジョンでは、画像という二次元的なものを標準方式という約束によって一次元的な映像信号に変換しており、一度映像信号になってしまうと、異なる標準方式の間の変換は非常にむずかしいものとなる。しかるに近年ビデオテープの普及と通信衛星の実用化に伴い全世界の間で方式変換を必要とする機会が急増した。このため、CCIRでも高品位のテレビジョン変換装置が研究課題となっている。

 わが国では1965年(昭和40年)以来NHK技研が各種長さの遅延線を切替えて全電子的に方式変換を行なう方式の研究を進めてきたが、その研究の中心になったのが坂田晴夫氏であり、その間二つの映像信号を周波数変調波の状態で加えるFM内挿法など新しい技術を導入し、1968年(昭和43年)にはカラーの方式変換装置の試作を完成した。

 一方、方式変換装置の実用化については、1967年(昭和42年)より、吉田純一氏を中心とする沖電気グループが担当し、1969年(昭和44年)にはカラーの双方向変換ができる実用機を製作し、1970年(昭和45年)にはそのノンロック化を完成した。この装置は、当初衛星中継にも使用されたが、現在はおもにテープ番組の変換に使用されている。

 衛星中継が実用化の時代に入り、欧州とアジアとの中継にインテルサットは1969年(昭和44年)にインド洋上空に衛星を設置した。そのためKDDは山口地球局を建設したが、国内回線は日本標準方式のテレビジョン信号を伝送するという制約より、ここに欧州と日本の間の標準方式変換装置を設けることになった。KDDはNHKの協力を得て、それまでに開発された技術を基礎として、さらに画質改善・保守運用面について検討を進めた。この計画は冨田正義氏を中心に進められ、その成果をもとに、沖電気において装置の製作が行なわれ、1970年(昭和45年)12月に山口への設置が完了した。その後同装置は両陛下のご外遊の衛星中継等で活躍している。

 以上のように三氏の業績は、一つの装置で、欧州方式と日本方式の両方向のテレビジョン方式変換が可能な全電子方式変換装置を世界ではじめて完成し、テレビ番組の国際交換に大きな貢献をした。

 この技術に対して、電子通信学会は、1972年、坂田晴夫氏、冨田正義氏、吉田純一氏に業績賞を贈った。


文献

[1] 坂田晴夫、テレビジョン標準方式の変換技術(技術展望)、1968年、電子通信学会誌、51巻、10号
[2] 坂田晴夫、佐藤栄一、テレビジョン標準方式変換装置における映像信号のFM内挿、1971年、テレビジョン、25巻、3号
[3] 坂田晴夫 他、テレビジョン標準方式変換装置特集、1971年、技術研究、23巻、3号

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