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万国博データ通信システムの実用化

 1970年(昭和45年)3月15日から同9月13日まで大阪において開催された日本万国博覧会は百年を越える万国博の歴史のうちでも、はじめて東洋において挙行され79か国の参加と6,420万人余の観客を迎えた最大規模の国際的行事であった。

 かかる大行事においては会場建設・運営の細部に対し綿密な配慮が必要であるが、1966年(昭和41年)秋に、当学会は主催機関である日本万国博覧会協会から通信および情報処理関係システムをどのように構成すべきかとの諮問を受けた。これに対し故 熊谷三郎氏を委員長とする特別調査委員会を設け鋭意検討を重ねた結果、同年末にデータ通信系を中心として電信電話・国際通信・警備通信・放送中継などの広範囲な情報通信システムの構成を提議、答申した。

 時あたかもわが国はコンピュータの多角的利用構想の実現の抬頭期にあり、一部には博覧会の展示としてならばともかく、協会業務の運営という実務処理にデータ通信系を導入することは、未経験であるだけに危険だとする意見もあったが、万国博が未来を指向する国際行事であること、他に類例を見ない大衆動員の行事であるだけに国産設備によるその構成がわが国情報通信産業の発展に寄与するところが大であること、A・Aグループなど開発途上国や日本語の不自由な外国人の参加およびハンディキャップを負う老弱者や身障者などを迎え、きめのこまかい情報サービスを行なうことは人手では、到底、なし得ないことなどを勘案して、熊谷三郎氏の指導のもとに、その実施にふみきったものである。

 これを受けて電電公社は伊佐進氏を中心として与件の整理、情況の設定などの基礎作業を、あらゆる点において不確定なことばかりであった状況下にあって強力に推進し、ついで設計・建設ならびにプログラムの作成整備を2か年半という短期間になしとげ、さらにハードウエアの運転まで一貫して完遂した。

 協会にあっては平沢誠啓氏の指揮のもとに、このシステムによって運営の基本数値である入退場者数の計測、車両の計測誘導、観客流動状況の把握、迷い子・落し物の早期発見処理、主要行事の各部門への周知等の業務を行ない複雑・尨大な情報を整然と同時処理して博覧会運営に多大の貢献をした。

 加うるにこの成果は、わが国科学技術水準の高さについて全参加国に深い感銘を与え、協会職員のごとき非専門家でも使用しうるようにするとの設計理念の妥当性を証し、今後のデータ通信系の発展に対して大きく寄与した。

 この技術に対して、電子通信学会は、1971年、熊谷三郎氏、伊佐進氏、平沢誠啓氏に業績賞を贈った。

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キーワード

データ通信システム、万国博データ通信システム、情報ネットワーク
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