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シンコム衛星によるオリンピック・テレビ中継の成功

正極同期ノンリニアエンファシス方式送受信側系統

図1 正極同期ノンリニアエンファシス方式送受信側系統

陣頭指揮する野村技術研究所長

図2 陣頭指揮する野村技術研究所長

 東京オリンピックの実況をテレビジョンにより世界に放送することは電気通信技術者ばかりでなく、世界中の人々の夢と希望であった。世界放送には人工衛星による中継を必要とするが、テルスター、リレー衛星ではごく短時間しか使用できず、静止衛星シンコム2号は、当時大西洋上にあり利用できなかった。たまたま米国においてシンコム3号を太平洋上に打ち上げる計画があったので、これをオリンピックに間に合わせるようわが国より強い要望を出した。しかしシンコム3号はテレビ中継用ではないため、これをテレビ中継に用いるにはバンド圧縮などの新しい技術を必要とした。

 1964年(昭和39年)10月の東京オリンピックに間に合わせるため、4月より急いで準備を開始して、電波研究所は代々木より鹿島に至るマイクロ中継および鹿島支所の宇宙通信施設を中心とした送受信を担当し、放送協会技術研究所は映像端局装置として正極同期ノンリニヤエンファシス方式によるSN比改善、フィールド内挿方式による帯域圧縮などの新しい技術を開発した。また日本電気株式会社は鹿島支所の10mパラボラをはじめ送受信設備などの製作ならびに実験を担当した。

 8月19日シンコム3号の打上げが成功し、実験の結果NHK技研で開発された新しいSN比改善方式により米国ポイントマグー実験局でSN比35dBまで改善され実験の見透しが立った。その後9月13日鹿島支所で最初のループテストに成功し、さらに実験を重ね10月10日のオリンピック開会式に間に合わせることができた。米国ポイントマグー実験局には受信装置の一部を日本側で製作、空輸されNHK技研の関係者が派遣された。

 実験の中継はマイクロ回線で鹿島まで送られた画像を7,360MHzの電波にのせ、直径10mのパラボラアンテナでシンコム3号に向け発射し、衛生上で受信増幅の上1,815MHzの電波で発射し、これを米国太平洋岸のポイントマグー局の直径26mのパラボラアンテナで受信された。これは太平洋同軸ケーブルで送られた音声といっしょにして米国、カナダおよび欧州諸国に送られ、受像は極めて鮮明で大成功をおさめた。

 この大成功のかげにはオリンピックを前にして中継の可能性の検討、シンコム3号の打上げをめぐって米国との幾度かの困難な折衝およびその基になる帯域圧縮技術などの裏付けに大いに預っている。また短時間にパラボラアンテナをはじめ送受信設備その他を製作した熱意はなみなみならぬものがあった。さらにオリンピックTV中継をめぐって寄せられた電波監理局、電電公社、日本放送協会、国際電電をはじめとする国内の諸機関、とくに衛星通信実験実施期間連絡協議会、および米国関係諸機関の活動も特筆すべきものであった。

 これらの熱意が総結晶して大成功を納めたのであるが、これにより日本の電気通信技術を世界に示した上田弘之氏、野村達治氏、田中信高氏の3氏の貢献は大きく、東京オリンピックを一段と意義あらしめたものである。

 この技術に対して、電気通信学会は、1965年、上田弘之氏、野村達治氏、田中信高氏に業績賞を贈った。


文献

[1] 「NHKにおける宇宙中継技術に関する技術開発史」編集委員会(委員長 野村達治)、2.4 オリンピック・東京大会の宇宙中継、1994年、NHKにおける宇宙中継に関する技術開発史、pp.148-171、兼六館出版株式会社、1994

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