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ハイビジョン大画面ディスプレイの開発

プロジェクターの外観

図1 プロジェクターの外観

コズミックホールの外観

図2 コズミックホールの外観

スクリーンの構造

図3 スクリーンの構造

 ハイビジョン用大画面ディスプレイを開発し、1984年筑波科学博の政府出展館「つくばエキスポセンタ」のコズミックホールに設置した。コズミックホールは、ハイビジョンシアターと当時としては世界最大のプラネタリウム(ドームの直径25.6m)を備えており、恒久設備である。プロジェクターを図1、ホールの外観を図2、スクリーンの構造を図3に示す。

 当時の技術として、プロジェクターとして使用可能なものは、油膜を用いたもの、通常のCRTタイプのもの、シュミット式と呼ばれる蛍光面と反射鏡を一体化した構造のCRT、レーザーを用いたものがあった。この中で、高解像度が可能であること、大画面にするために高出力が可能であることを考え、シュミット式CRTを用いることとした。その当時市販のシュミット式CRTは7インチ(蛍光面の大きさは2.8インチ)で光出力は3管で180ルーメンであり、解像度もハイビジョンとしては不十分であったため、新たにメニスカス補正レンズ付きの10インチシュミット式投写管(蛍光面の大きさは4.2インチ)を開発した。このCRTは、1000TV本以上の高解像度を実現し、光出力はRGB1組で約400ルーメンであった。科学博では1000ルーメン以上が必要とされたため、この投写管4組(CRT12本)を組み合わせるで光出力1550ルーメン(後述のスクリーン上でのピーク輝度 50 cd/m2)を実現し、図1のように1組単位で垂直方向に積み上げた。画面上での色シェーディングを抑えるため、G管を中心としてRとBは交互に左右に並べる構成とした。多くの投写管を組み合わせるためには正確なコンバーゼンス補正が必要になることから、幾何学歪み補正はすべて16ビットのディジタル回路で行った。

 コズミックホールのスクリーンサイズは400インチ(8×4.8m)で、リアスクリーンにする必要があった。つなぎ目無しでこの大きさのリアスクリーンを製作することは不可能であったたため、様々な方式のリアスクリーンを試作して比較検討を行った。この結果、両凸構造のレンチキュラーであれば、広い指向性を持つとともに、フレネルレンズの働きも持つことができ、複数枚をつなげてもつなぎ目がわかりにくいことが確かめられたため、水平方向でピッチ2.5mmのレンチキュラー板と垂直方向でピッチ1.2mmのレンチキュラー板を重ねた構造とすることが決まった。レンチキュラーシート(材質はアクリル)の幅は、当時として工場で製造可能な1mである。垂直方向のレンチキュラー板は画面全体で垂直方向に8分割(1m×4.8mが8枚)、水平方向のレンチキュラーは画面全体で水平方向に5分割(8m×1mが5枚)となる。レンチキュラーの形状を最適化することにより、スクリーンゲイン約4、水平方向の指向性としてゲイン1/2となる角度約35 が得られた。スクリーンの重量は約300kg、枠も含めた重量は約2トンとなった。

 本研究の成果に対して、映像情報メディア学会は、1985年、NHK、NHK-ES、NEC、NEC-HE、関西日電、大日本印刷に技術振興賞開発賞を贈った。

文献

[1] 金沢 勝、久保 徳司、高品位テレビ用大画面プロジェクター、1984年、1984年TV学会年次大会11-4
[2] 金澤 勝、高品位テレビ用透過型スクリーンの開発、1984年、NHK技研月報 第27巻 第8号
[3] 杉本昌穂、渡辺幸雄、つくばエキスポセンタ「コズミックホール」、1985年、1985年TV学会誌 Vol.39, No.7, pp.599~pp.603

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関連する出来事

1985年
ハイビジョン大画面ディスプレイをつくば万博で展示

世の中の出来事

1985
つくば市で科学万博が開幕する。
1985
電電公社が民営化され、NTTが発足する。

Webページ

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博物館等収蔵品

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キーワード

ハイビジョン、ディスプレイ、リアプロジェクション、筑波科学博、ディスプレイ、ハイビジョン
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