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不妊虫放飼等による害虫総合防除技術の開発に関する先駆的業績

  • エドワード・F・ニプリングエドワード・F・ニプリング
 エドワード・フレッド・ニプリング博士は1909年3月20日に米国テキサス州で生まれ、テキサス農工大学を1930年にご卒業以来、60年以上にわたり研究や実践活動に従事している偉大な農業昆虫学者である。同博士は家畜や農作物の害虫防除に関して環境を重視した創造的且つ先駆的防除理論を提案し、それを長年にわたる努力で実証し、食糧生産の安定に大きな貢献をしてきた。
 同博士は特に、1950年代に米国南西部で猛威をふるい、畜産業に大きな損害を与えていた牛や羊に寄生するラセンウジバエの防除のために「不妊虫放飼法:Sterile Insect Release Method」という全く新しい害虫防除法を発案し、米国、メキシコにおいてこのラセンウジバエの根絶防除に画期的な成功をおさめた。
 この方法は、人工的に大量増殖させたハエの蛹に放射線を照射して不妊化し、野性のハエを上回る数の不妊化したハエを反復して野外に放せば、不妊化虫と交尾した個体が産卵しても、その卵は全く孵化しないという原理にもとづいている。これによって害虫の根絶をある一定地域にもたらすが、個々の昆虫種の配偶行動を利用するため、対象害虫以外の生物種には全く影響を及ぼすことなく、害虫の被害を完全に除去することが可能である。
 この不妊虫放飼法によるラセンウジバエ根絶の成功は、その他の各種害虫に対する多くの応用の試みを促した。まず世界的な大害虫ミバエ類の根絶に適用され、アメリカ合衆国、メキシコおよびグアテマラの共同でチチュウカイミバエの根絶に大きな成果があげられた。さらに日本では沖縄県において果樹・果菜類の生の果実に害を与えるウリミバエに応用され平成5年に根絶することに成功した。又奄美諸島(鹿児島県)や小笠原諸島(東京都)でも成果があがっている。その他の諸国でも、伝染病を媒介する衛生害虫であるツェツェバエ、ハマダラカ類をはじめ、さまざまな害虫に対する不妊虫放飼事業が進行中である。1980年代に入ると、殺虫剤など化学農薬による環境汚染やそれらの残留毒性が大きな問題となり、不妊虫放飼法は持続可能な生物的防除法として一層の脚光を浴びるようになった。
 同博士は1953年からは米国農務省の害虫防除関係の要職を歴任し、上記の不妊虫放飼法の推進にとどまらず、環境と両立する害虫防除法の確立への努力を続け、「総合防除法:Integrated Pest Management」を提唱し、その推進役を果たしてきた。この総合防除法の概念は、多くの害虫は必ずしも絶滅する必要はなく、経済的被害水準以下の低い密度に抑制し、この低い密度においては別の負担の少ない防除法で害虫を管理しようとするものである。
 同博士はこのように独創的な害虫総合防除法を開発し、農業上深刻な被害をもたらしていた害虫問題を根本的解決に導くと共に、一貫して環境に悪影響を及ぼさない害虫管理体系を目指し、国際的に理論・実践の両面において指導的な役割を果たしてきた。
 上記の研究は食糧生産の改善を通じて人類の繁栄への貢献が極めて大なるものがある。よって、ニプリング博士の業績は1995年(第11回)日本国際賞に誠にふさわしいものであるといえる。




 本研究の成果に対して、国際科学技術財団は、1995年、エドワード・F・ニプリング(元アメリカ農務省)に日本国際賞を贈った。

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キーワード

不妊虫放飼、害虫、総合防除、害虫防除、食糧生産、ラセンウジバエ、不妊化、根絶、チチュウカイミバエ、ウリミバエ、ツェツェバエ、ハマダラカ
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