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化学反応電子動力学の基礎理論の展開と応用

  • 高塚 和夫高塚 和夫
 超高速化学反応動力学研究において,高塚和夫氏は独創的な基礎理論を次々と発表し,新たな研究領域を開拓するとともに,その応用を通して化学の発展に大きく貢献した。以下に,同氏の主な業績を紹介する。

1.非断熱電子動力学理論による化学反応論の展開
 化学反応が進行する過程で2 つ以上の断熱ポテンシャルエネルギー曲面が擬縮重することがあり,分子がその領域を通過する際,電子状態と化学的性質が急激に変化(非断熱遷移)することがある。興味深い化学変化の多くは非断熱過程を経由して起きることから,現在,反応動力学研究の中心課題の1 つになっている。従来,非断熱遷移理論の中心課題は遷移確率の正確な計算にあったが,高塚氏は非断熱遷移の化学を独創的な電子原子核同時動力学理論により,「化学反応の中身を非断熱電子波束の連続的時間追跡によって理解する科学」へと高めることに成功した。この理論は,滑らかに分岐する原子核運動の軌道と,それに沿って時間発展する電子波束の分波として非断熱過程を表現する形式を持つ(path-branching representation)。これは,現象の本質を鋭く捉えた実用的な方法論として直ちに高い評価を得た。さらに,強いレーザー場中での非断熱電子動力学の統一的理論として拡張され,一連の重要な応用が行われた。高塚氏の理論研究は,超高速電子動力学の実験研究が可能になった時代の要請に応え「ボルン・オッペンハイマー(BO)近似からの大きなずれによる新たな現象や法則を検討する超BO 化学」を展開したものとして極めて意義が深い。
 この非断熱電子動力学の応用の1 つとして,極限的レーザーによる先端的な実験と温和な環境下の化学反応研究を相補的に発展させることを目的として,高塚氏は「電子の動きを時空間的に理解する化学」を確立し,広範な研究を行った。例えば,溶媒やタンパクなどと水素結合している励起分子において,非断熱過程(円錐交差)を経由して,プロトンと電子がカップルしつつ別経路で転移する動力学機構を発見し,それが生体系や有機分子系などにおける電荷分離の基本的メカニズムの1つであることを明らかにした。また,極めて多数の電子状態が密集して擬縮重している分子が,分子振動とカップルして起こす巨大な電子状態の揺らぎのダイナミクス研究を展開した。このように,電子が原子核と強く結合して運動することを直接考慮することによって新たな現象や反応メカニズムを発見し,化学概念を深化させた高塚氏の業績は高く評価される。

2.時間分解光電子分光法による非断熱化学反応過程の直接観測と制御の研究
 1999 年,高塚氏は,ポテンシャル面,イオン化確率振幅,核波動関数の動力学,すべてを量子計算した角度・エネルギー・時間分解光電子分光法の理論を展開し,化学反応の実時間追跡を可能とする強力な方法論の基礎理論を構築した。さらに研究を展開し,実験研究に先駆けて「非断熱遷移によって分子の量子状態が波束分岐を起こす瞬間」が実時間観測可能であることを予言した。これらの研究は,非断熱現象の研究を直接計測へと変えてしまう画期的なものである。さらに高塚氏は,非断熱相互作用そのものが外場によって変換・制御することが可能であること,分子内非断熱電子移動状態から特異な誘導輻射光が観測されることなどを明らかにし,非断熱過程から生ずる新しい現象を次々と予言した。

3.多原子分子の電子散乱理論の構築と応用
 分子への電子衝突は,大気化学や宇宙空間での物質進化などにおける重要な素過程である。しかし,断熱近似のab initio 量子化学プログラムが著しく進化した1980 年代初頭でも多原子分子の電子散乱に関する理論計算は実現できていなかった。高塚氏は当時,分子の電子衝突による共鳴散乱,電子励起を含む多チャンネルの散乱振幅等の現実的な量子化学計算を可能にする新たな量子散乱方程式を発表し,この分野の劇的な発展に貢献した。この散乱理論は工業的にも極めて有用で,プラズマ反応容器の設計に不可欠なデータを提供し,半導体産業の発展に大きな役割を果たした。

4.化学動力学基礎理論の展開
 高塚氏は,上記以外にも,(a)安定分子のボルン・オッペンハイマー近似が(電子の質量/原子核の質量)3/2 程度の誤差で成立することの証明,(b)分子のカオス的高振動励起状態におけるエネルギー準位形成の量子機構の解明,(c)原子クラスターの構造転移反応における遷移状態概念を超える統計反応論と新しい「温度」の提案,振動と回転がカップルすることによって生ずる遷移状態への大きなキネマティクな効果の発見などによる,遷移状態理論の新しい展開,(d)超多体量子動力学理論の構築と新しい量子位相の発見などで,分子科学基礎理論に大きく貢献した。

 以上のように,高塚和夫氏は,独創的な理論展開とその応用によりブレークスルーを達成し,世界の非断熱電子動力学と化学動力学理論を終始先導してきた。その業績は理論だけにとどまらず,実験化学分野にも大きな影響を与えた。

 本研究の成果に対して、日本化学会は、2014年、高塚 和夫(東京大学)に日本化学会賞を贈った。

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