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南極中継特別番組

南極祭り

写真1 南極祭り

バックアイス帯での取材

写真2 バックアイス帯での取材

隊員宿舎とコルゲート トンネル

写真3 隊員宿舎とコルゲート トンネル

アンテナ群

写真4 アンテナ群

方向標示塔

写真5 方向標示塔

日本向けの送信用パラボラアンテナ

写真6 日本向けの送信用パラボラアンテナ

南極放送局調整室の内部

写真7 南極放送局調整室の内部

1インチVTR・BVH-1000

写真8 1インチVTR・BVH-1000

オングル海 氷上にて

写真9 オングル海 氷上にて

コルゲート トンネルの内部

写真10 コルゲート トンネルの内部

オングルカルベン島

写真11 オングルカルベン島

昭和基地前の取材班

写真12 昭和基地前の取材班

雪上車と取材班

写真13 雪上車と取材班

氷海の「ふじ」

写真14 氷海の「ふじ」

南極取材、中継スケジュール

図1 南極取材、中継スケジュール

みずほ基地と昭和基地の位置

図2 みずほ基地と昭和基地の位置

昭和基地におけるVTR編集系統図

図3 昭和基地におけるVTR編集系統図

昭和基地のビデオルームと衛星伝送系統図

図4 昭和基地のビデオルームと衛星伝送系統図

1月28日南極スペシャルデー主要番組カメラ配置図

図5 1月28日南極スペシャルデー主要番組カメラ配置図

南極取材、中継の主要機材

表1 南極取材、中継の主要機材

 昭和31年に始まったわが国の南極観測事業も今回で20回目を向かえ、この節目にあたり南極の姿と観測活動を紹介するため、昭和基地から世界で始めて衛星伝送によるテレビ中継が計画され、NHK南極派遣団11名(昭和基地方面)が第20次日本南極観測隊に同行し砕氷船「ふじ」で昭和基地におもむき、昭和54年1月28日午前7時の初中継を始め、2月3日まで連続7日間生中継を主体に取材活動を行った。

 今回はこの昭和基地のほかに、南極ロス海にあるニュージーランド基地方面へ3名の取材班と、南極半島のアルゼンチン基地方面へ4名の取材班が派遣され、主として基地の状況とその付近の風物の取材をおこなった。

 南極は夏とはいえ寒く気象条件も厳しいため、機材の低温テストを国立極地研究所の低温実験室で行い、カメラ、VTR,電池等を常温からー25度まで動作させ低温下の貴重なデーターが得られた。放送機材は130梱包、約3トンとなった。

 昭和53年11月25日 8,500トンの砕氷船「ふじ」は多数の関係者、家族に見送られて晴海埠頭を出発した。船上の取材も進み、赤道を通過し、暴風圏を無事乗り切り、12月26日南極を取りまく氷海に入り、「ふじ」は厚い流氷域から定着氷域を突破した。12月31日ヘリコプター1便が昭和基地に飛び、家族の便りと野菜などを運搬し、取材班も同乗し取材した。、その後、悪天候まちをして、晴天に恵まれた1月5日、6日の2日間で約29トンのNHK機材と取材班を「ふじ」から昭和基地に空輸できた。

 昭和基地の機材を整理する間、みずほ基地を先行取材班2名が9日に出発し、連日10時間以上車上で昼食も食べながら走行し、14日みずほ基地に到着した。みずほ基地は昭和基地の南東300kmの内陸にあり、標高2,230mの高地であり高山病の危険もある。施設はアンテナ群を除き全施設は雪の中に埋もれ、全長140mの雪洞でつながっている。みずほ基地は連日—20°Cを記録し、VTRの結露なども経験しながら、基地の内部や雪上車を使って外の様子などを取材して、1月17日第20次隊員に見送られ出発した。

 1月5日~1月10日の間は、全員で地球局アンテナの建設を行い、中継センターとなるビデオルームのセッテングを開始し、15日午前中に完了し、直ちに編集業務を開始した。編集中にサーボロックが掛からないなど、幾つかのトラブルが有ったが、無事乗り切り、映像・音声を東京に事前伝送できた。180kgにもなるVTR・BVH-1000・を現地に持ち込んだのは、衛星伝送時間の節約と、粗編集することによる昭和基地側の編集意図が、放送センター側にはつきり伝わるようにした。東京に居て書物で得た知識や話などで聞いて南極を理解することと、条件の良い夏とはいえ実際の昭和基地に居る隊員では意識の差があるため、粗編集したテープを東京に送るごとに、打ち合わせ電話でPDがコメントを送ることによってギャップをうめることができた。

 1月20日、みずほ取材班を加えて昭和基地にはじめて11名全員がそろった。基地内外のVロケと平行して4台のカメラ、音声機材、FPUなどの動作確認中継センターから2~300m離れた居住棟や天測点などへのケーブルの布線、約1km離れた見晴らし岩からのマイクロ伝播テストなどを行った。25日、映像系、音声系、連絡系の技術総合テスト、26日にはリポーター以下全員参加して身を切るような地吹雪の中でリハーサルを行った。

 1月28日「南極スペッシャル」。南極昭和基地と日本との時差は6時間で日本の28日朝7時は、南極の28日朝1時、以下すべて日本時間で示す。
(1)南極からの世界初の生中継「1月28日7時のニュース」
  7時8分、南極中継の第一波、白夜のオングル海峡が現れ、勝部リポーターの声が快調に流れた。当初7時3分開始の予定が大阪の銀行人質事件のため5分遅れとなった。緊張の初中継の10分間は無事終わり、スタッフの顔に抑えきれない喜びがあふれた。カメラ3台
(2)「スタジオからこんにちは」   8時10分~30分     カメラ3台
(3)「正午ニュース・南極中継成功」 12時00分~04分    カメラ1台
(4)昭和基地の朝」(現地時間7時) 13時00分~50分    カメラ3台
(5)「基地内散歩」         16時00分~05分    カメラ1台
(6)「福島ケルン」         17時00分~40分    カメラ2台
(7)「600こちら情報部」     18時00分~40分    カメラ3台
(8)「19時ニュース」       19時00分~       カメラ2台
(9)「南極中継」V送り  20時13分頃「ふじ航海記」エンディグに放送 カメラ2台
(10)「南極中継」         21時00分~21時05分 カメラ2台
以上10回の放送のうち、カメラ位置は9回移動した。初中継直前にBカメラ、16時「基地内散歩」直前にAカメラが故障したが、何れもカメラマンの処置で本番は異常なく放送できた。

 翌29日には「N-9 第20次隊紹介」を放送したのをはじめ、2月3日の「さよなら昭和基地」20時~21時10分の間に連日生中継を実施した。

 事前取材としてアルゼンチン基地とニュージーランド基地を取材した。

 アルゼンチン取材班は、12月4日チリ南部のプエルトモント港から南極観光船リンドブラッド・エクスプローラー号に観光客と共に乗り込み、フォークランド諸島、南極半島などを航行取材した。主要機材はカメラ2台、VTR2台、3脚、電池など350kgであった。

 ニュージーランド取材班は、11月1日成田を出発した。ニュージーランドのスコット基地は、今回の3方面の取材地では最も南極点に近い。取材班はニュージーランドでの取材後、11月7日南極探検飛行のDC-10に同乗して南極大陸の空撮を行った。11月25日ニュージーランドからC-130輸送機に搭乗し、大陸への第1歩を印した。この後、スコット基地などを2週間にわたり取材した。主要機材はカメラ2台、VTR2台、3脚、電池などである。

 中継終了後、地球局のアンテナ前にNHK班が集合して記念撮影、直ちに撤収、解体、梱包を行い、昭和基地のヘリポートから80km北方の氷海にある「ふじ」に空輸を続けた。2月6日にはNHK全機材を「ふじ」に収容し、7日までに11名全員が「ふじ」に引き上げることができた。

 南極の1月前後はいわゆる夏の季節であり、年間を通じて最も気温が高く比較的取材行動のしやすい時期である。しかし夏期間といえどもブリザード、クレバス、氷海など極地特有の気象や危険な場所が存在する。南極では自然に逆らわない、無理をしない、単独行動をしない、現地責任者の指示に従う、など長年の経験から得られた現地のルールに従って行動することが必要であることを教えられた。

 制作技術的な面からみると、今回のハンディカメラ3台による連続7日にわたる規模の生中継に成功したのは、これまで数年にわたり実施してきたハンディカメラとミニマイクロ送受信機を使った小規模生中継や、国内、海外Vロケなどの成果と、標準カメラに近い機能を備えたハンディカメラの出現などが集約された結果と考える。

 南極各地におけるVロケにはハンディカメラとして、生中継の際は機動性に富む特長と標準カメラとしての機能を生かして使用したわけで、標準カメラとしては未だ若干不十分な点もあるがほぼ所期の使い方ができた。

 今回の南極からの初中継が困難な諸条件の中にもかかわらず予定通り、しかも成功裡に実施できたことは第19次、第20次両観測隊ならびに「ふじ」の絶大な支援協力があったこと、準備段階からの国内スタッフの力強いバックアップのあったこと、NHK派遣団の一人一人が何人分もの役割を果したことなどが相まって得られた成果と考える。

 この南極中継特別番組の制作に対して、映像情報メディア学会(旧称:テレビジョン学会)は、1980年、「テレビジョン学会 創立30周年記念特別賞」を贈った。

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